[感想]芥川仁(写真家)facebook 2025年11月1日より

 少し前だが、「生類の思想 体液をめぐって」(かたばみ書房)が届いた。京都大学・藤原辰史さんの随筆集だ。
 冒頭「はしがき」の1行目が「環境という言葉がしっくりこない。」と、始まる。「おおっ、同感!」と、私は食いついた。
 私は常々、水俣病事件を環境と絡めて語られることに、本質はそこではないと拒否感があった。死亡者を頂点に、生まれながらに重篤な症状を背負わされた胎児性患者たちや20万人にも及ぶと言われる被害者の存在は、主語のハッキリしない環境問題ではない。
 被害の存在に気付きながらもメチル水銀の混じった排水を流し続けたチッソはもちろん、それを黙認し被害を拡大させた政府、戦後の狂乱経済に浮かれて被害者に目を向けなかった我々国民。そんな加害者があって被害はあるのに、環境などという曖昧な言葉で括らないで欲しいと思っている。
 しかし、藤原辰史さんの視点は異なる。
 辞書で「環境」を引くと、どの辞書もニュアンスの違いはあるが「何かをとりまく外界」であることは一致している。藤原さんは続けて「私がしっくりこないのは「内界」が含まれないこと。つまり、人間「または」生物をとりまく(外側の)世界をあらわそうとしていることに由来するのだろう。と、書いている。
 藤原さんが続ける。「環境問題」は差別と貧困の構造に深く根ざしている。水俣病事件を「環境問題」と呼んだ瞬間に、発話者が被害者を眺めていて、身体が渦中の外である印象、そして、人間そのものが不在になる印象を否定できない。と続けた上で、本文の「体液をめぐる思考-生類の思想が編み直されるところ」へと。
 本文で藤原さんは、羊水や血液、唾液など体液についての思考を深めます。
 皆さんにお願いします。
 ぜひ、「生類の思想 体液をめぐって」(かたばみ書房)を購入、もしくは、公共の図書館や大学の図書館にリクエストして読んでください。
 水俣病事件の新たな「視点」を得られることでしょう。